X JAPANと富士宮やきそばの共通点。いかに有名になるか。

テクニックのある音楽家が、デビューできない事は山のようにある。テクニックそこそこだが、メジャーデビューして業界入りしていることもある。富士宮でアマチュアミュージシャンをやっている友人の中には「これ、プロレベルだよな」と思える人材もそれなりに居たりして、本人の意思ももとより、プロデュースの仕方次第で、大きく変わると思っている。

音楽・芸能業界のAKB48に端を発するプロデュース手法がある。俗にAKB商法といわれることもあるようで、音楽やダンスなど、エンターテイメントの本筋とは異なる販売方法、握手券セットなど、実にあれこれ考えてやっている。行き過ぎ、やりすぎ、賛否はあるかもしれないが、貪欲なまでに「プロデュース」する事に関する「情熱的な姿勢」については、私は評価をしている。

もっと時代をさかのぼると、私が学生時代から好きなミュージシャンに、X JAPAN(エックス・ジャパン)がある。過激なロックミュージック、パフォーマンスで有名になり、いわゆる「ビジュアル系」と言われるジャンルの始まりになったとも言われている。

彼らは「いくらがんばってもさー、聞いてもらえないとしょうがないよね。」というわけで、 X JAPAN はプロモーションに積極的であった。今は懐かしい「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」など、お笑い番組の企画にも出演し、日常の中に、過激なビジュアル的な、今でいうインスタ映えしそうな企画を盛り込み、お笑いと音楽の融合ともいえる番組展開。TV局側とも思惑は一致していたのであろうが、これにより一躍全国的に有名となった。

芸能人運動会にツンツンの頭でヘヴィメタスタイルで登場してみたり、はたまた狭い食堂で、お客さんが血の気が引いているような様子、俗っぽく言えばドン引きしているのを横目にメタルなロックライブなど、その「ギャップ」でシュールさ、面白さを演出。矢継ぎ早にどんどん展開していった。

伝説ともなっている X のやしろ食堂LIVE

コアな原理主義者的な考えを持つ傾向が強い「ロック界」「ヘヴィーメタル界」は、実に硬派な姿勢を貫いており、そんな彼らを批判したりもしたが、それに反比例して、知名度、人気度は全国区になっていった。TV出演以外にも、X JAPANが売れる前でまだそんなに資金も余裕がない頃、メンバーはライブの売り上げ、バイトのお金を投資し、まだ、デモテープの配布すらめったにない時代に、VHSのビデオ配布など、とにかく前例の無いことをやっていった。文字通り、「過激なビジュアルを見てもらう・知ってもらう」という点について、貪欲に取り組んだのである。

かくして、知名度を得たX JAPANのその後の活躍は多くの人が知ることとなった。メンバーの死亡や解散、再結成など、 波乱万丈ではあるが、それらすべてのエピソードがまた、彼らの「伝説」として多くのファンに語り継がれることになり、今では新メンバーを加えて、活動を継続している。

そして富士宮やきそばも、同様である。 X JAPANの話と、富士宮やきそばの話を絡めて話す人間など、これが初であろう。だが、メディアを巧みに利用し、知名度、人気度を上げた手法という点では、原理原則はまったく同じである。 スピーディに、矢継ぎ早に、人の記憶に残るインパクトのある話題を徹底的に展開していくのである。

「メディア媒体が欲しがる情報」ってなんだろうか?という事を追求した、X JAPANのリーダーYOSHIKIと、富士宮やきそば学会の故・渡邉英彦会長は、いずれも、そうした客観的視点を持っていた。「どうあるか」ではなく「どうみえるか」ということを重視したとも言える。そして、二人とも、 ネーミングしかり、展開の仕方しかり、業界の一般常識しかり、そうしたタブーを 恐れずに突き進んだ。

やるなら、徹底的に、有名になるべし。
そこに聖域を作らず、あらゆる可能性を追求するべし。
そして、有名になれるまで、あきらめずに続けるべし。

これらが、私がX JAPANと富士宮やきそばから学び取ることができる、共通のメッセージであると考えている。(田邉元裕)