富士宮やきそばを成功させた人々 タケウチの竹内さんの挑戦

富士宮やきそば学会長、故渡辺英彦氏の功績は偉大でした。

誰も、それを疑うものは居ません。

しかし、渡辺英彦会長が「俺がやきそば焼けるわけじゃないからね」といっていたように、富士宮やきそば学会には、多くの伝説の英傑が居て、そうした人たちの、積極無私の取り組みがあったからこそ、今日に繋がりました。チームとして、富士宮やきそばを成功させたのです。

黎明期の情報発信を支えたメンバーの一人、株式会社タケウチの竹内いさや氏。富士宮やきそば学会の主要メンバーです。

地域おこしトラの巻 より

やきそばG麺の中核メンバーとして、会長達とともに調査に出回るシーンもTV放映され、彼の姿を見ることが出来ます。

地域おこしトラの巻 より

父親であり同社の代表取締役会長である竹内昭八氏と共に、NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗(当法人の姉妹団体でもあり、富士宮やきそば学会を母体に作られた)の設立にも尽力された、まさに、英傑の一人。やきそばの初代ホームページの構築など、IT方面に明るく、多くの情報発信のサポートを行っていきました。

彼は現在は、本業である流通・卸を行う商社、株式会社タケウチの代表取締役社長として活躍しています。しかし、景気の変動で、タケウチも大変な時代を経験します。しかし、タケウチ会長、社長は、不屈の精神と、発想の転換で仲間たちと共に窮地を乗り越えていきます。

静岡県中小企業家同友会の記事より引用。
竹内いさや氏(左)竹内昭八氏(右)

1989年(平成元年)の全卸連加盟の卸店数は1540社であったが、2006年秋には498社に激減。

サプリコホームページより

http://www.supplico.co.jp/index2.html

大型店舗の進出、卸の吸収合併など様々な要因で業者も激減。さらにバブル崩壊も影響し、全国の多くの流通系の同業者も同じように文字通り冬の時代を迎えていました。

経営者の団体、静岡県中小企業家同友会の取材記事

そこで、同業者で団結し「サプリコ」という共同ブランド開発会社を立ち上げます。地方の業者で連携し、突破口を切り開いたのです。また、地方ならではの「ローカルのローカルまで徹底して」、メガ卸の手や目が行き届かないところを開拓し、活路を見出しました。

「そんな大手みたいな事できないよね」なんて、小さく引きこもっていたら、サプリコは実現しなかったでしょうし、会員各企業、ジリ貧でさらに縮小や消滅の危機が待っていたでしょう。

平成15年にたちあがってから平成31年の今、早16年、竹内いさや氏は、サプリコの代表取締役会長CEOとして、最前線で活躍中です。彼らの取り組みは、非常に私達に勇気を与えてくれます。

全国の卸業界の星として活躍する多忙な日々で、富士宮と東京の往復、時に各地を飛び歩いていることもあり、竹内いさや氏はいまでこそ、富士宮やきそばの最前線からは少し離れては居るものの、B-1グランプリなど、主要行事には現在も参加しています。

華々しく表舞台には出てこないけれど、渡辺英彦会長を取り巻く人々には、富士宮やきそばを、地域活性化のホープとして押し上げた理由がわかる、英傑ぶりを感じさせるエネルギッシュな行動力に裏打ちされたエピソード、ドラマがあるのです。(田邉元裕)