会議の目的を明確にして共有する

今日は、とある社内会議、とあるまちづくり会議、とあるまちづくり会議その2、とある教育会議、会議づくしであった。しばし体力も精神力も使ったが、無事終えた。

社内会議は、スタッフから上がってきた提案や稟議を決裁するだけなので、重要事項の一部要検討を除いてはすぐに完了。

これは、この会議の目的が「決裁のため」なので、迅速であり数分で完了。

とあるまちづくり会議は、自分もまだ参加して日も浅い会議のため、上程の仕方がよくわかっていない。わからないまでも、発言や上程をしなければ、何も変わらないと思い事務局に提案を伝えたら、その資料がそのまま印刷されてびっくり仰天であったのだが、それでも、一応一石を投じる提案にはなったようである。10近いまちづくりの課題点の指摘をしたものであるが「それらがすべて通るものでもない。的を絞ったほうが良い」という意見が出て、結局次回会議までに、自分と事務局とで半分以下に絞って、提案内容にまとめることとなった。

これは、この会議の目的が、あがってきた議題の「協議」と「審議」の為、細かい案は個別に事務局や提案者に委ねられるという事がわかってきた。

とあるまちづくり会議は、企画内容をじっくり議論し合う時間で、ああでもない、これがいい悪い色々意見も出てきた。次回の企画刷新についても、良いたたき台が出てきたのでそれぞれに感想も述べあった上で、議長方針も明確であったので、有意義であった。

これは、この会議の目的や種類が、検討会議であったためである。

とある教育会議は、新年度の体制についての人事に関する事であったので、その件に集中した会議となった。これは自分が議長であったので冒頭で「今年の目標は、短時間でも確実にしっかり決定を」と、資料の事前準備もやり方を変えて、昨年の反省を活かし効率的に行ったため、30分大幅に短縮して終了した。一部、本線とは違う趣旨の話が出始めたが、それは「今後検討で、本日は協議しない」という方向にした。

これも会議の目的が明確であったので、スムーズに有意義に終えることができた。

一部は自分も模索しながらで、結果論としてわかった特徴ではあるが、いずれも、会議の目的が明確でいて、かつ、それを参加メンバーが認識、共有している事が重要であると改めて感じた。当たり前かもしれないが、意外と不毛な会議は世の中に多い。

漠然とした会議や、細かい重箱の隅をつつくような会議では、なんの成果もない会議となっていただろう。また、自分の意見をダラダラ言いたいだけ、とか、趣旨がわかっていない人が方向が違う話を持ち出したりなど、そうした人に時間を浪費させられてしまうのもナンセンスである。たとえそれが重鎮の意見や発言であっても、会議の目的や趣旨に合わなければ「話の途中で申し訳ありません」と、遮る事も、勇気がいることであるが重要だ。

いつも明確な目的と共有の上で、結果、成果を出す会議を迅速明快に行いたいものである。(田邉元裕)