令和。誰かが考えたから生まれた。
新しい元号が発表されました。
令和。れいわ。
白文:于時初春令月氣淑風和梅披鏡前之粉蘭薫珮後之香
『万葉集』巻五「梅花の歌三十二首 序文」「梅花の宴」より
書き下し文:時、初春の令月にして、氣淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。
良き月・和する といったニュアンスの意味とのこと。さらに深い意味や、万葉集の参考になった中国の原典の指摘などもあるようですが、ここでは良い意味に捉えたいと思います。
改めて思ったのは、アタリマエのことですが、こうした元号もまた、「人」が決めています。
誰かが考え、誰かが決めるのです。
誰かが考えるだろうと、誰も考えなかったら、生まれません。
富士宮やきそばもそうでした。
考えて、世に生み出したから、この言葉やブームが生まれました。
誰かがやるだろうから、誰もやらなかったら、まちおこしはありえません。
やるならば
考えて、形にする人になっていきたいものです。
と、いつもの、富士宮のまちおこしと、時事の得意な無理やり関連付けする私です。(田邉元裕)