行政が「熱海で挑戦する人を応援」する事の深い意味

この10年、大きく変革を始めているまちがある。静岡県熱海市。報道ではよく知られていることから、近年では視察団の派遣、勉強会などが頻繁に行われている。自分も9月に、実際この目で見てこようと、取り組みをしているNPOや地域の若者たち、行政、企業の担当者たちと話をしてきたこと、若手メンバーの活躍については先日のエントリーで紹介した通りである。

そこで知り得た、もう一つ大きな点として、熱海市行政サイドの「挑戦する人を応援する」というスタンスが非常に大きなポイントであると感じた点について触れたい。A-biz(熱海市チャレンジ応援センター)という、富士市のF-bizと提携しつつ設立された支援機関のコアスタンスである「熱海で挑戦する人を応援する」。これだけを聞いたら「行政が応援するというスタンスは当たり前じゃないか」と思うかもしれない。だが、そこに含まれる意味には大きな特徴があるのだ。

「これは住民でなくても、熱海に事業所や企業がなくても、思いがある方全員を対象としています。」と言うのはA-bizの長谷川智志さん。

「熱海に来たい理由が明確であり、熱海でなくてはできないということをしたい方々を応援する」スタンスであり、やる気のある人間であれば、市民であってもなくとも、応援しているのだ。逆に言い換えると「挑戦しない人には応援しない」ということ。

行政なので「平等にしなければいけない」という前提がある。そのためこのようなスタンスを打ち出したことによって「優劣をつけるのか」と市民からクレームを受けることもあるようだが、限りある資源、資金を有効に使っていくためには必要なスタンスである。

わかりやすいように小さい単位で考えてみると、仮に100人が働く商店の集まりがあって、100万円のまちづくり支援資金があったとする。「平等であるから」と、行政が100人に1万円ずつ配るとする。平等の前提にたてば、まったく問題のない行為であるが、受け取った1万円を、有効に活用して、新たなまちおこしの起爆剤となるような行動の資金・きっかけになるかというと、はっきりいって厳しいだろう。何かの諸経費の足しにして終わりである。悲しくも、そうした「平等が前提の支援」は、日本全国のどの街でも実際に行われており、多くの貴重な資源・資金が無意味な施策にばらまかれてきた。

現在の熱海は、明確にそこが異なるのだろう。「このまちは面白そうだから、こんな目的でこの企画をやってみたい。これをやるには、これだけの資金が必要である。」とやる気をもった人間のアイディアが評価に値するのであるならば、その100人以外の人であっても取り入れて、実際に支援をするわけである。

結果、例えば5案を取り入れて、内部の若者Aさんに30万円、内部の青年BさんとCさんに10万ずつ、外部の有志Dさんに40万、外部の有志Eさんに10万、合計100万円を支援したとなると、支援されなかった商店の集まりの残り97名は「なんで自分たちに支援がないんだ」と面白くないわけで、恨み節のクレームが出てくる気持ちも当然に理解はできる。しかし、明確なアイディアもないままに、ただただ平等の名のもとに貴重な資源を流すわけにもいかない。この選択は、大きな勇気を伴う事だと思う。

こんにちの熱海のにぎわい復活の背景には、従来の考え方から大きく方向転換し、人々の「挑戦する情熱」に選択と集中の支援を断行する決意と勇気が秘められているのである。(田邉元裕)